東日本大震災復興特別委員会で質問に立ちました。(平成30年7月19日 議事録)
○玄葉光一郎です。無所属の会に属しております。
本日は、復興庁の後継の体制、さらには平成32年以降の財源の確保を中心に、短い時間ですけれども、お尋ねをしたいと思います。
6月と7月、先般、当委員会での視察にも参加をさせていただきましたが、それらの視察地以外も、先月も含めて、私も訪問をしてまいりました。
被災も多様でありましたけれども、同じ避難指示が出た地域の復興も、かなりスピードがそれぞれ違うというか、多様だなというのが私の実感でありました。
例えば、川内なんかは、私が見るところ、部分的には3・11前よりもよくなっているような姿もかいま見えるんですね。明らかに次のステージに行っています。
あるいは、小高なんかは、私も定点観測で定期的に行っているのでありますが、まだ帰還率は2割ですけれども、着実によくなっているなというふうに感じるんです。
浪江は、駅の近くの「まるしぇ」という商店に行って、また町をずっと歩いたのですが、ようやく一歩という感じですね。ただ、先行きは長いな、こういう感じでした。
この間、委員会でお邪魔をさせていただいた双葉あるいは大熊は、それぞれ頑張っていると思います。全力で頑張っておられると思いますけれども、ただ、避難指示解除がスタートラインだとすると、やはりまだスタートラインに立てずに、そこに立とうと思って全力で準備をしている、こういう感じかなというのが、私の一言で申し上げたそれぞれの感想でございます。
そう考えていくと、論をまたないのは、平成32年のこの復興庁の役割、基本的には、あの当時私も法律をつくった方でありますけれども、復興庁の設置法で、この復興庁は2021年、平成33年3月31日までに廃止をするということになっているわけでありますけれども、当然それ以降も長い長い道のりに、特に双葉とか大熊、浪江、富岡、このあたりは長い長い道のりになるわけでありますけれども、この後継組織のあり方、復興大臣、どういうふうにお考えでありましょうか。
○吉野国務大臣 玄葉委員におかれましては、同じ福島県人として、被災地、特に原発災害を受けた地域を本当に小まめに歩かれて、ありがとうございます。
ポスト復興庁の議論でございます。
私も同じ思いを持っておりまして、復興大臣在任中に道筋をつけるということを言いました。自民党、与党の加速化本部等でも、ポスト復興庁について議論を始めなさいという、ある意味のキックオフの提言が出されようとしております。
ですから、まず、今、復興庁としてやらねばならないことは、岩手、宮城、福島を通じて、2020年度までにどこまでの仕事ができて、どこの仕事が続くのかという、ハード、ソフトを含めて、詳細に今、実態調査をしているところでございます。そして、その詳細な実態調査がわかれば、それはどのくらいのお金がかかるんだという財源の手当ても大事でございますので、その財源まで含めて、では、この財源とこれだけの仕事をどういう組織ですれば円滑にできるのか、そういうある意味の事実、データ等々を今収集しているところでございます。
創生期間が始まって、基本方針というのをつくりました。3年後見直し規定がそこには書かれております。28、29、30年、まさに今年度が見直しの年度でございますので、そういう見直し規定も活用しながらきちんとこれから検討していきたい、このように考えております。
○玄葉委員 まず一つは、本当に福島の復興は長い長い長い年月が残念ながらかかると思います。したがって、福島の復興というものを最重要課題として捉えていく組織であるべきだというのが一つです。
もう一つは、今回の西日本の集中豪雨、私からも、犠牲になられた方々にお悔やみを申し上げつつ、被災された方々にお見舞いを申し上げたいと思いますが、毎年のようにこういう未曽有の災害というか、初めての災害だのようなことが起きるんですね、最近。
復興庁もあるいは防災担当の方々も、大体、国交省始めいろいろな省庁からの出向者で占められるんですね、防災の組織というのは。今後、本当に大丈夫なのかなというふうに思うんです。
それぞれでどういう議論がなされているのか、私も余りつまびらかにはしておりませんけれども、やはり一つは、福島の復興は最重要課題として捉えていただく。もう一つは、やはり危機管理とかいわゆる防災関係とか、集中豪雨が起きました、大地震が起きましたというときの、いわばスペシャリストがそこにきちっと何十人、何百人常にいる、これは全然違うと思うんですね。その組織にそれらがいて、それらの方々は、出向者というよりは、そこにずっといる、こういう組織をやはりつくっていくのがベターなのかなと最近思い始めているんですね。
今までの経験とかがきちっと継承されていく、そして何があっても我が日本国の行政組織は対応できる、そういう組織にしていったらどうかなと思いますけれども、大臣、いかがですか。
○吉野国務大臣 私も、大臣になる前ですけれども、今から3年くらい前、アメリカのようなFEMA、いわゆる危機管理組織を、三次提言だと思っていますけれども、加速化本部の提言の中に書いた記憶がございます。そのときは、副大臣会議で、まだ時期尚早だというような、FEMAまではいかないという、今のような、災害が起きれば対策本部をつくってという形でございました。
でも、この7月の大豪雨を見ると、災害は毎年やってくるというふうに私も思います。そういう意味で、今委員おただしのとおりのような組織をこれからつくっていくというのも一つの案であるというふうに私も理解をしているところです。
組織のあり方についてはこれから大いに議論を重ねて、すばらしい組織をつくっていきたい、このように考えています。
○玄葉委員 いわば今の復興庁と内閣府の防災部局をミックスしたような、そういう組織でスペシャリストを常に確保しておくというのが一つの考え方かなというふうに思いますので、もちろん与党の議論も大事だと思いますけれども、国会の議論あるいは野党の議論にも耳を傾けていただいて、ぜひよい組織を、大臣として、吉野大臣がいらっしゃる間に、いらっしゃるというのは、大臣としていらっしゃる間に道筋をやはり一定程度つけてもらいたいなというふうに思っています。
もう一つ、先ほどもおっしゃっていただきましたが、道筋をつけてもらいたいものに財源の確保というのがあって、私も、あの3・11のときに最初にやったことの一つは、当時私は閣僚と与党の第一党の政調会長を兼任しておりました、ねじれていたので、当時、石破自民党政調会長と公明党の石井当時政調会長と相談をしながらだったのですが、個人の所得税に2.1%上乗せをする、しかも25年間先食いして10兆つくると。JT株を売ったり、あるいは剰余金等々で全部で20兆、あのときつくりました。でも、これは使い切りました。
その後、今の政権になってまた10兆つくってもらって、事実上、32兆を今使おうとしています。32年までに若干余るかもしれませんけれども、でも、これからの長い期間を考えるととても耐えられないし、あとは、おっしゃっていただいたように、どこまでF1由来、特に原発事故由来の需要として見込むかどうかだと思うんですよ。
その際に、一つだけ私としてこれはというのがあるので申し上げて終わりたいと思うんですけれども、山ですね、福島の山、吉野大臣は山は専門家なので。
これは、あの避難指示が出た山だけじゃないんですよ。私の選挙区も含めて、避難指示が全然出ていない山まで全部、事実上、山のものを今食べられないわけです。これが戻らないと、はっきり言って豊かになったと言えません。戻った、復興したと言えません。山のものを食べられません。
でも、じゃ、全部除染しろというのは、これは私も無理な話だと思います。だから、里山の再生事業とか森林再生事業とか、避難指示地域にかかわらずやっているわけですね。
私は、これはぜひ32年以降も続けてもらいたいんです。これは、きちっとF1由来の、もともと原発事故がなければ大丈夫だったんだから。それが、いや、そんな森林の再生なんというのは原発事故と関係ないということで、需要に見込みませんみたいな話にはならないようにしてもらいたい。私は、これは一つのこれからのメルクマールだと思っている。だから、大臣にきょう、具体的な例を挙げて指摘をするのであります。
最低限でもこういった森林再生事業のようなものは需要に見込んで、それを見込んだ上で財源を確保するということで明言をしてもらいたいと思います。
○吉野国務大臣 福島の復興にとって、森林の再生は大変重要なものでございます。
このため、平成28年3月に、復興庁、農林水産省、環境省で、福島の森林・林業の再生に向けた総合的な取組をまとめたところでございます。
まずは、環境省の事業で住宅等の生活圏に隣接する森林除染。もう一つは、ふくしま森林再生事業で間伐や路網整備。これは、双葉郡の路網を日本一の密度、日本の平均は1ヘクタール約20メートルなんですけれども、日本一の路網をつくる事業にこの再生事業を使って、今年からやっております。3年たてば日本一の路網ができます。ということは、一番、日本一安い木材が搬出されるということでございます。その木材を使うということで、浪江町に大型の集成材工場を、今年度事業から始まるわけであります。
そういう意味で、浜通り、福島県の林業にとっては、本当に今、一生懸命取り組んでいるところでございます。この事業を、次、32年以降も続けるかどうかはこれからの議論でございますので、一生懸命頑張らせていただきます。
○玄葉委員 大臣、ちょっとポイントをもう一つだけ。
双葉郡だけじゃないと思うんです、これは。結局、双葉郡以外も山のものが食べられないんですよ、原発事故があって。会津でさえ食べられないんですよ、今まだ会津でさえ。ほとんど放射線量はニューヨークと一緒なのに、東京と一緒なのに、会津でさえ食べられない。
だとすれば、やはりこれは双葉郡だけじゃなくて、きちっと全県下で需要として見込んでいくということをぜひやるべきだということを私は最後にまた申し上げて、これは双葉郡だけじゃないですよということをきちっと頭にインプットしてくださいね、その上で終わらせていただきます。
どうもありがとうございます。